2/10の「日曜日のそれ」レポついに完結!カテゴリー『ラジオ』よりどうぞ。9thライブサーキット「ポルノグラフィティがやってきた」新木場初日レポは近日アップ予定です
 2008/02/10『日曜日のそれ』#6 完結
2008年03月06日 (木) | 編集 |
大変お待たせしました。これで完結です。長いですが一気に更新させていただきます
青:鶴瓶さん
赤:昭仁さん
一人のこうずーっとなんていうか、歴史をね、ずーっとやると、だからその晴一に誘われたっていうねんけど、晴一とはいまだに付き合うて、ずっとこれもう一生もんやからねぇ

そうですね。もう、いつのまにかねぇ

どんな奴なの晴一って。載ってるけどな。CDに出てるやんか

どういうイメージですか?

あのね、どっちか言うとGLAY…GLAYちゃう、えっとその前にいてはったやん、すごい人。ピアノ弾く人

ピアノ弾く…ああX…

Xの

YOSHIKIさんとか

YOSHIKIっぽい

YOSHIKIさんぽいかぁ…いや、あのねぇ、ごめんなさい。ごく普通の奴です。何もない(笑)

普通の人なの?

もぉそりゃ、因島の田舎者ですから。ごく普通です。もちろんまあ外出るときはかっこつけてね、びしっとやってますけど、もう、普通の飲んだくれの。はい

〜音のない森〜
〜CM〜

俺、ライブ一回見に行きたいなと思うし

あ、ぜひぜひ

ライブは、もう今やってんのやろ?

ライブは…そうですね、あと5本くらいですかね

あー、どっかいけないんかな?

こっからはもお、東京この前終わっちゃったんですよ、市川が一番近いですね

市川ね

2月14日

後で聞くわ

2月14日ですね

ああ

それで、最後…このホールをやって、これで全国、一応、今まで8年かかって47都道府県全部制覇という

はぁ。すごいなぁ。全県制覇するわけや

やっと、できましたねぇ

うーん

あ、ツアーやってんのが一番楽しいですよ

俺もツアーやって、去年初めてツアーやって…全国…秋田とか熊本とか。その昔からの、170年くらいの歴史のある小屋で落語したんやけど…楽しねぇ

そうですね。やっぱ生のお客さんのね、反応を見て回るってのはすごい楽しいっすね

それと僕東京でレギュラーをこうやってるでしょ?すると、地方に行くことないでしょ?

『奈緒子』っていうね、今回の、あれで僕は長崎と壱岐の島にいたんですよ。僕壱岐ではね、ボトル10本以上店に入ってるし、長崎でも知り合いの店できたし、もう行ったらすぐに、もうなんていうか一生の付き合いできる「うつわ」っていうとこできたし

壱岐島ってすごく行ってみたいですね

壱岐はいいですよ、あれ、壱岐のねぇ、入ったところ…えっとなんていう町やったかなぁ、あ、郷ノ浦、郷ノ浦。郷ノ浦には、もう、すべての店に僕のボトルあるよ

(笑)飲み歩いたんですねじゃあ

そう

え、どれぐらい行かれたんですか?壱岐には

まあなんやかんやで1ヵ月くらい。行ったり来たり行ったり来たりしてね。で、また天気が悪かったんよー

意外とまあ映画見たらどんよりとしたシーンが多いですねぇ(笑)

そうやろ…もぉ…あ、見てくれたん?

見ましたよ

どやったの?映画

いやもう最後、優勝で。でもあの、西浦?

それ言うたらあかん

いやほんとですよ!

まあええわ、勘弁勘弁全然勘弁そんなんええ

僕マンガも好きやったんで

ああうっかりだったね

そうなんですよ。もう三浦春馬君とかも一緒にサッカーとかやってたんで

え、なんで?

同じ事務所なんで

あーそう?それでやっぱり余計燃えるやろ。同じ事務所やし。樹里もそうやんか

そうですね、はい

ま、三浦春馬はな、これ今『恋空』とかですごい良かったやんか、で、これええ顔してるから、田舎の子に見えんのよね、役的には

あーっ、なるほど。なるほどなるほど。波切島に

いとんねんな、こんな顔。波切島に

(笑)なかなか…

こんな顔いてないで

因島にもいないですねそれは(笑)

いないでこの顔波切島には。あのー榎本はおるけどなぁ、もう一人の奥田役。奥田役はぎょーさんいよるで。これはいてないがなぁ。苦労して撮ったんよ、この映画は

でもだって、相当ほんとにこの駅伝チームとしては走ってんですか、本当に実際?

めっちゃ走っとる

ですよねぇ

アホみたいに走っとる。リハーサルとかないからもおずーっと走っとるからね

ほんとにちゃんとトレーニングしてないと、あんな撮影で臨場感出ないと思いますよ

それどっか書いたってほしいわ。ずーっと走っとんのよ、これ。もうやり直しなんかダメ。「あー違ーう」とか言うて。どないすんねコイツら。もうね、舌出すぐらいよ。夏や。夏やで。アイスクリーム食おたいとか、あの近くにね、アイスクリーム屋じゃない、キャンディー屋があったんや。で、キャンディーぎょーさんくれて

アイスキャンディー…

アイスキャンディー屋の工場があって。そこへ入っていったら、すごいなんかなって、そこのキャンデーもろて。ぎょーさんや。面白かったよ、だからそういう意味では、映画っていうのも面白いね。そんなとこに因島に1ヵ月くらいおるわけないやん。ね?

このまぁ、壱岐島ですよね?

あ、因島じゃない、壱岐、壱岐

壱岐島も、島って聞いたら僕らもやっぱ興味が湧くんで、まあ映画見つつその島の感じとか見て、まあ山があって海があってみたいの似てるんですけど、やっぱり当たり前ですけど、日本海の方のじゃないですか…だから島とはいえ、空気が違う感が。すごく行ってみたい

あのね、島民はね、初めはね、ちょっと遠巻きやで。でも、俺は遠巻きやないやんか、人間として

(笑)ずんずん入ってく感じで(笑)

(笑)だからもう、オーラが二日目ぐらいでなくなって

(笑)紛れましたか

紛れて島民と紛れて(笑)でも島民の人たちがよう協力してくれて。映画の関係者いうのは、もうなんかー、その、なんか、モノみたいに扱うからね。このシーンの中でもね、灯籠流しのシーンがあって、それはものすごい協力してくれたのに全部カットされてんのよ。そんなんは、僕ほんまにちょっと悪いなぁとは思うねんけどね。で、樹里もねぇ、一生懸命灯籠集めてねぇ、こんなん主役やで?主役の子が、俺と樹里とで灯籠集めて「流れたー!」とか言いながらね、「こっち戻せー!」とかいうてね、まあアホの助監がおって。アホやアイツら。「お前らな」と。「あのな」と。もうギリギリでキューだしたらええのに、もう早いことキューだしたらふーっと流れてどっかいっちゃうわけ灯籠が。灯籠行ったりして何べんやってやっとOKになって。それが全部カットや。可哀相になー。あのコイツはねぇ、三浦はよぉー走る、真面目やでこの男

僕も会ってやってサッカーしたことありまして、寡黙な、あんまり言葉を交わしたことない。黙々とサッカーやってますね

もういつでもそや。黙々としてる子やった。だまーってるわ。一緒に物食いに行ってもだまーってるわ

何も喋らん(笑)

何も喋らん(笑)いや、嫌な雰囲気じゃないよ?ほんと静かな子やわ。この子よう芸能界入ったな思うわ

なんかまあ、その、外に対するアピールはないですもんね

あんまないもんね

確かにそうですね

でもなんか、だんだん存在感が出てきたから

あの、映画ん中でもそうです。最後の方、まあ、撮った時期は違うのかもしれないですけど

いやいや、そのままで撮った

あ、そうですか。なんかどんどん男の子から男になっていってる感じが。顔付きとかが。すごいそう思いました

そやなぁ。そうそうそう。最後抱き合うシーンがあってね、あれやけど、やっぱ変わっていくねぇ。この頃は変わりやすいもんね

最後、樹里さんが涙を流すシーンがあったじゃないですか。一番最後。なんか、それもなんか、なんて言うかな、そういう…撮影して最後みんなのチーム感というか。ほんまにまぁ、なんか…心からの涙なんじゃないかなっていうふうには見えますね

樹里はねぇ、ほんとに苦労したんですよ。この撮影。これはまた…なんやろなぁ。えらい女優になる思うよ。それかまぁ、やめるか。どっちかや。もうこんなん嫌やーと思うてやめるか、ものすごい女優になるか。俺も相談にも乗ったんやで、これ、悩んで「ちゃんとせい」言って電話して「お前言いたいこと言うたらええねん」って。なんかね、悩みの相談って俺はこっち来てる。東京に来てる。レギュラーあるから。で、僕パーンと電話入れたら、なんかちょっと悩んどったから、「何悩んでんだお前、言いたいこと言うたらええねん、お前の映画やで?」と。お前が芯になって、後にね。俺なんか昔から言いたいこと言ったよ?と。そんなお前がブレたらあかん言うて。その代わり、言い方がある。年は年の言い方があるから、そのワガママな言い方じゃなく、で、泣くのもダメ。ちゃんと自分の伝え。そやったらわかってくれる。周りのことを気にしてちゃんと言いなさいって。ちゃんと言いよったわなぁ

しっかりしてるんですねぇ。俺、まだ樹里ちゃん会ったことないんですけど

これはしっかりしてるし、また苦労してるわ。ああいう若い子らとずっと集まってると、自分もそういう時代があったから、面白いよね。若い子とずっとおるって

なんかその…息吹というか

この歌はピッタリやで。これに

ありがとうございます

最後自分で歌流れてくるやんか、それはどうなの?

あれちょっと嬉しいですね

あれ歌にもええ効果与えるからね

そうですね。ま、ドラマとかはあるじゃないですか、でもそれは例えばば13話で完結であったりする、毎回のエンディングでかかったとしても、その話は終わってはないじゃないですか。でも、映画ってのはその2時間で終わって完結した時にかかる、その締めのものだから、
やっぱり他のドラマでやるとも違う…なんか、あ、作って良かったなと。そういう気持ちになりますね。やっぱ、その映画に合ってるかどうかっていうことを、すごく余計に考えちゃう


余韻はなぁまだずーっと残ってる、客席はまだ暗ぁーなって、うわー歌流れてるっていうので終わるやん、俺このごろ映画見に行ったらラストでものすごいおしっこしたくなんねん

(笑)

もうめっちゃおしっこしたくなってもう、あっかんと!ラストは見なあかんのに。なんでやねんて。『三丁目の夕日』でも、ものっそい行きたくなった

なんでしょうねあれはいったい…

漏せへんやろ?

たまに…漏れますけど

俺なんかは、もう便器見たらでるよ。「あかん!!」って言うもん。猛烈に自分に言い聞かすもん「マダや!」って

あと3歩ぐらいほんとに早いですもん

そやろ。あっれは何や、人間の神経でどういうことなってんやろな

わかります。非常にわかります

これ絶対行きたいわこれ。京都あかんの?

そうですねぇ…

京都あかんの?いつからするの?もっとはよ来たよかったなぁ…

そうですねぇ。もっと早くお伝えすれば良かったですね。ほんとに
だから絶対どっかで、ライブ

はい。ぜひお願いします。僕の方も、鶴瓶さんの

ああ落語か。今日はありがとうございました

ありがとうございました!

〜休日〜

 2008/02/10『日曜日のそれ』#5
2008年02月21日 (木) | 編集 |
ひさしぶりですいません。
青:鶴瓶さん
赤:昭仁さん
映画の主題歌いうのはその、初めてなんですか?

初めてです

このね、“ak.homma”いうのは誰なん?

プロデューサーですね。もう僕らがデビューするときからかかわってる

え、かかわりすぎちゃうん、曲まで作って

そうなんです。曲も作っていただいて

プロデューサー言うたら上から屈んで見てたらええのちゃうの?曲作るの上手いなぁこの人。音楽やんの?

音楽やります(笑)

プロデューサーは音楽もやるの?この人もともとこの人だけでソロで出したりとか、そんなもやるの?

は、ないんですけど、まあ色んな方の、まあそういう曲作ったりとかプロデュースしたりはしてたんですけど、まあ僕らが、そのー、デビューするにあたってまあ8年前ですよね。出て行くときに、なかなかデビュー曲ってのが出来なくて。あのー、世の中にどういう風に出ていくかってときになかなか出来なくて。じゃあ、「他の人に書いてもらうっていうのはどう?」って。まあ初め抵抗はあったんですけど、まあそれよりも「ちゃんと1回売れたい」っていうのがあったから、「じゃあそこはしっかりやりますんでお願いします」って言って、ak.hommaに頼んで

初め信用してなかったやろ。「こんなak.hommaで売れるかい」とか言うてたやろ。でもak.hommaはええポイントでええもん書っきょるなぁ。あれもう調子乗ってんなぁ、この人。ak.homma調子乗ってんでこの人。当てたから。当てたからね(笑) この人もええと思う。他の人にも当ててんの?ポルノで当ててることが多いでしょ?

まあ色んな方…まあ、曲をここまで書いてるのは僕らくらいだと思いますんで、だからもうその、デビューもそうですし、そのね、サウダージとかアゲハ蝶っていうのもak.hommaが書かれてるし。まあそういうなんか、まあ、自分たちの手でやりたいってのはもちろんあったんですけど、まず自分たちの、こう根本を考えたときに、やっぱり、色んな人に知ってもらいたいってのがあったから、そこも受け入れれたのかもしれないですね

いや、その物の考えが、すごい今のポルノを支えてんのや思うけど、後に、まあ晴一も書けて、それから昭仁も書けてっていうことになってくるから、すると、みんな認めるということになってくるでしょ

そうですね、どうしても、どっかにコンプレックスもあったりするんですけど、世の中に出たってのがプロデューサーが書いた曲ってのもどっかにあったりするんですけど、でも目標は今度は自分達で、名曲ってものが世の中にあるとすれば、それを自分たちで書いてみたいなっていう気持ちが

でも表題ん中には自分たちで書いてる曲、なんぼかあんねんから、だからそれは…うーん、方法として。ak.hommaは歌えるか?いうたら歌えないからね

うーん

これね、僕初め聴いて、このak.hommaの曲は、あのー、サビの耳に付くね。サビがすっごい耳に付くのよ。で、良い意味で。で、この『あなたがここにいたら』も、サビがすっごい残るわけよね。歌ってても気持ちい?

そうですねぇ。やっぱりこう、歌い手としてはサビがわかりやすいっていうか、ちゃんとストレートに届くっていう歌を歌うときが一番わかりやすくはありますね。歌う方としては

それ言うといてな、ak.hommaに

鶴瓶さんが言っていたと

ak.hommaってこれ…「ak.hommaって誰やろなぁ」と思いながら

あの、紅白でもピアノ…

ak.hommaがいとったん!?

いました。ずっともう、ツアーも一緒に回ったりして

そりゃそうやろな。だって自分の曲がこんなに気持ち良く歌ってもらっとってるやでぇ?それは、なぁ、そりゃ嬉しいと思うよak.hommaも

(笑)まあ色んな方の…仕事もされてる…(笑)

(笑)いくつくらいの人なんの

僕の10個くらい上なんで43…ですか。もうデビューから10年くらいの付き合いなんで

そういう信頼感はあるわなぁ。 あのー、高橋まり子さん。ね、あの方自分で作詞作曲なんか一切せなかって、あのー、まあデビューしはったわけでしょ?それが後からは、あの人の作詞作曲がものせぇええの。まり子さん自身のもうずーっと途中からもう全部まり子さんの、高橋まり子の作詞作曲。まあ松井五郎さんもやってはってんけど。それからだんだんこうずーっと、まあ編曲もやってるけど、高橋まり子いう人がその曲を自分で書きだしたり、詞書きだしたり、する時期があって、それからどんどん、あれやっぱり、あの調子乗んねんな

調子乗る(笑)ああ、なるほど

自分の中でね

でもそうかも。やっぱり、色んなメンバーでない人の曲を歌ったりすると、自分たちの血にないものを歌うわけじゃないですか。だから自分の知らなかった良さみたいことがわかるんですよね。ああこういうメロディーを歌えば僕ってこういう声が乗っていくんだみたいな。そういう発見はやっぱ

あのね素直ってすごく大事よ。俺らが本格的にやり始めたのが5年前ですよね、それが春風亭小朝という人が、「これをやり」「これをやり」「これをやり」って言うんで、まああんないうたら落語界のイチローみたいな人ですから、それ僕合うてんの?て言いたら、「合てる」って言うから、ほいじゃあやろって思って、やる。人に言われたもんよ?自分がやりたいもんじゃないわ。やりたいもんと、言われたもんは違うのよね。で、やると、そっちに体が合うてきて、なんかこう自分でも落語作れるようなったからね

あるかもしれませんね、それは…

人の作詞作曲で、あのずーっと歌ってた人間が、自分の作詞作曲しとる瞬間いうのは、もう2年ぐらい前に自分で作った、そこは自信持ってくるのよ。すると、ま、人のもやるけど、これ、ここがアレンジしたいっていうのが出てきてくるねん

そうなんでしょうね、なんか非常にわかる話ですね

まったく自信なかったよ、そのほんまに落語ってどこが面白いのかポイントがわからない、ウケない。出てってウケてるのは自分のキャラクターでウケてるだけで、あのフィットしたかったん。「ここや!」「ここや!」いうのは。それがやっぱりだんだんフィットしだしてるというか、それと昨日、劇場で、SOGO劇場で。大阪のSOGOっていうところがあって、そこに劇場があるのよ。まあポルノなんかはそういう経験は非常に少ないと思うんやけども、バナナから出て、何十万人も集めることっていうのになった瞬間てのはどやったの?たとえば、ものすごい人数集めるわけやんか。それ…いうたら、まあ、晴一と自分。まあTamaはんがおったときはTama。のとき、でしょ。これ…まあ自分たちがファンやからあれやけど、中には別に友達に連れてこられて、誰かのファンやったけどとかもあるわけやん。怖ないの?出て行くときって。万やで、万

そのねぇ、怖さはねぇ、昔はただ単に緊張?「どうしよ〜歌詞間違えたらどうしよ」とか「しゃべくりスベったらどうしよ」とか。そんなんばっかり考えてたんですけど、今は、その怖さっていうのは、ちゃんと今できることの最大限をできるかどうかっていう怖さだけであって。緊張とかうんぬんではないんですよ。自分にも今自信を持ってきてるから、「自分のいいとこはこれだ」、「こういう歌を伝えたら多分きっとここにいる何万人の人は納得するんだろう」っていう自信はあるので。でもそれができるかどうかの怖さってもんがあるんですよ。もう大人数に対する怖さとか、そういう怖さではなくて

それは同じやね。僕らの業界と同じやわ。そいじゃ、たとえば、色んな人たちと出るときの、まあなんていうの?コラボっていうか、そういう人たちのものと、自分が1人ポンって出るときってどうするの?

全然違いますね。色んな方と出るとき、対バンとかっていうんですけど、やっぱり一番燃えますね。「絶対負けない」って。どんなまあ、先輩がいようが、絶対食って帰ろみたいな。そういう気持ちは…

まあすごいメンバーやもんね。考えたら。出るメンバーそりゃ、憧れるメンバーも出るわけでしょ。うぅぅ!とか、思うやんかやっぱり

まあ、思いますけど、昔まあ、大阪でそういうふうに対バンって言って色んなバンドで出て、お客さんの食い合いみたいなことばっかりやってね、それが、ま、楽しかったっていうかわかりやすかったで。「この前あのバンドのファンだった子がこっちに来ちゃった」みたいな。俺らのが良かったんだみたいのがもう嬉しくてたまらなかったんで。

『あのねのね』がね、それ言うとったんやけど、名古屋で、まあ『赤とんぼの歌』最初に、あるバンドの前座で出たんよ。もう誰も聴いてないのよ。最初は。ほで、「赤とーんぼ♪」って、しゃべりもそんなしないで歌いだして、しまいに、「誰?誰やの?」とかって言いだして(笑)なんかね、「あのねのね誰ー?」とかって言い出して、ものすごくワーッてウケて、そいで、前座で終わってふーっとしてたら、会場が楽屋に…きて、自分ら帰るのに楽屋のところごっつ人おって、メインのバンドが食われて、その場で食われて楽屋に出待ちがバーッと

最高の瞬間ですね

ものそい気持ち良かってんて

僕らあの、二丁目劇場に出てたときはその、お笑いのライブがあった合間に僕らやらせてもらってて、 正直音楽のバンドのファンってのはほとんどいないんですけど、そのお笑いの方を見に来てるお客さんを、なんとかこう、もちろん全然別ジャンルですけど、次のライブに来てくれみたいにやるのが楽しくて。なんとかそこを盛り上げようみたいなことをやってるのが

やっぱねそれがないと、俺の弟でして、鶴笑(かくしょう)ってのがいてるんですけど、ダウンタウンと一緒に出とって、ダウンタウン目当てやから、鶴笑は絶対見ないんですよ。落語やし。普通みんなその団体からはずれていくんですよ。「僕もう抜ける」とか言うて。落語は抜けるて。でも鶴笑はずーっと出てたんですって。で、あの、まあ、見てくれへんのやったら、楽屋見てやるとかね、ダウンタウン目当てやから、楽屋見て座ってやるとか、まあ色々やってたんやけど、それでもいないと。…どうしよかなぁ思て。で、へこまないんですよ。みんな笑福亭ってわりとみんなへこまないんですね。で、そこをおもろいと思えるかどうかなんですよ。その状況、自分が疎外されとることを落ち込むということよりも、「こんなもんやなぁ」

(笑)「えらいことになってる」と(笑)

「えらいことになってるわぁ」言うて(笑)みんなダウンタウン目当てやからね(笑)そんで、あるとき、高校生多いから、高校生がちょうどねぇ、カバンに人形付けだしたんや。で人形が喋りだしたんや。ちょっと見るようになって。「あ、これイケるやん」その付いてる人形が喋るわけ。ホンマに人形で。これイケんなー思て。で、今度もっとおもろいの何やろってもうちょっと大きしよう思うて、自分で作って膝に人形付けて、喋り出したらガーッてウケたり、全部引っ繰り返ったらだんだん忍者なって出てくるとか、そんなんしたらダーッウケだして。今イギリスに住んでるんですけど、世界回ってますよ。

その芸で?へ〜!

で、前カナダでは優勝しよったし、で、アフリカでアフリカの土地の民話を、アフリカ語で覚えて、その土地の言葉覚えてちょっとやったりとか。 そこまで発展するのよ

考え方一つですよねぇ。なんかその…負けない心というか。折れない心というか

もう爆笑しますよ。今たまたま帰っきて繁昌亭(?)出よるけど、大爆笑ですよ

その、屈強から見いだしたものっていうか(笑)

疎外感から見いだしたものって強いよー!

そうかもしれませんね。僕二丁目劇場初めて出たときに、それはもう緊張したんで、もう全然別ジャンル。どうしよっかなー思ってもういいわー!って初め三点倒立して出てみたんですよ。意外とそれちょっとウケたりして。なんかそれ今でもたまにやるんですけど、なんかそういうヤバイときに

運動神経抜群やからなぁ(笑)

運動神経(笑)はい(笑)まあそういうの、なんかありますね。困ったときの一撃みたいな。持ってた方がいいですね

いや、だからその「“フィティ”でした」っていうのはね、二丁目劇場からの最後何か一つ決めようっていうね

〜CM〜

 2008/02/10『日曜日のそれ』#4
2008年02月15日 (金) | 編集 |
少し間があきましたが4回目。
前回とつながってないようにみえますが、CMも曲も挟まない一続きのトークです。
青:鶴瓶さん
赤:昭仁さん
だから、こう、ずっと、まあデビューして今8年で、今はもうあれですけ、初めこの世界に入ったとき不思議で。自分のちっちゃい頃、俺この世界入りたかったかなぁ、ってずっと考えてみて。別に僕ミュージシャンなりたいなって思ったこと、ちっちゃいとき僕スポーツ選手になりたかった。野球、プロ野球選手とか、そういうものになりたかったから、考えたら一度もないんですけど、晴一にそうやって誘われたことで、いつの間にかこっちの道に

いやでもね、神経っていうかね、そういうその、だからあの、歌も、初めは上手かったの?あそこまで

いえ全然

全然下手やったの?なんで上手なったの?

えー、好きだったからでしょうね。多分

好きやってそんなになるの?あんな難しいやんか。また難しい歌やん!

そうなんですよ。それも、だから…あんまり、その

めちゃめちゃ難しい歌よ?いや難しい歌で良い歌なんよ、今回ね、その前言うたら『奈緒子』の主題歌を歌うと、僕も『奈緒子』に出てます。で、あの『あなたがここにいたら』っていうのと、それからカップリングに『ホール』というのと、もう1人晴一さんが作った『オニオンスープ』というこの3つがあるんです。で、その、前から僕、ポルノの特集もしたりしてたんで、色々知ってるんですけども、ここまでに8年で至るっていうか

どうなんでしょうね 、その、

あなたね、『休日』とかね、それからあの、えーとね、これも好きやねん。この歌もね。僕好きやねん。『音のない森』っていうのね

あー、ありがとうございます

これとは全然違うからね

その、自分のねぇ、その、書くものに、確かにこう、統一感はないなと思うんですよ。その、でもありっていう形をしてて、

いや、だからそれは、ミュージシャンになりたいとか、いうことがなかったからそれだけの変化ができるんよ、もう

だと思います。もちろん、こだわりとかはどっかにはあるんでしょうけど、こだわりよりも先に何か色んなことをやろうとか、自分の今、あの、なんていうの、能力でできることはすべてやってやろうっていうのは思ってるので。だからあんまり難しく考えずに、色んなことを、やるっていうのは自分のスタイルではあるのかもしれません

これ曲も、ものそい良いし、この『ホール』っていうの。これもお、すごい、こういうことも8年…まあ8年じゃないでしょうけど多分ね、前言うた10…2、3年の繋がりからずーっとこの『ホール』になったんやろけど、いやぁー…うん

まあ、さっきも言ったように初めにそういう「絶対にミュージシャンになるんだ」とかっていう、なんか、小さい頃から目標とかではなかったものがひょんなことから誘われて、あのー、やってみたら面白い世界で。で、いつのまにか気が付いたらデビューしてたみたいな状態だったんで、そっから僕も焦ってようやっと

親は何も言わへんかったの?

やっぱり初めは「あんた何を言うてるの?」と。「今までそんな音楽とかそういうこと言ってなかったのに、何を急にプロに、プロミュージシャン目指すとかって言ってるの?」っていう、キョトンとしてましたね。初めは。大阪にまあ、学生で出たので。何を一体言い始めてるんだっていう

せやろなぁ。で、晴一も大阪に学生で出たわけ?

晴一…と、その、当時いたメンバーのTamaが、もうバンドをやるために大阪に出てったんです

大阪に出てったん

はい。で、僕はもう、先に1年浪人生をするために大阪に出てて、で、1年後に、合流して、じゃバンドやろうっていうことになって

ほんで、大阪の色んなとこに出てたやろ、だから最初大阪やねんなぁ、バナナか?

バナナホール

バナナから出たやもんねぇ。なんで大阪が最初なんやろなぁと思ったんやけど。まあそれは大阪に結成したからやなぁ

そうですね、まあ、なんかね、僕らの時代なんか、もうとにかく関西に出るっていうのは、なんか流れだったんですよ。 東京までは…ちょっと恐いから。みたいな(笑)うん、大阪。ま、ダウンタウンさんとかが、いらっしゃったり、そういう、関西に対してすごい憧れがあったので。みんなもう自然と

「大阪に行こう」って?あの頃大阪おもろかったからねぇ

だと思います。はい。まあシャ乱Qさんだとかウルフルズさんだとか、あの時代バンドの方も盛り上がってたんで

ああそうやろねぇ。うーん。まあそこでこう、だんだん構築されていったんやろかね、それで

そうですねぇ

親はそれでどこで納得したの?

どこで納得したんでしょうねぇ。僕はまぁ学校…入ったんですけど、それもやめるとかって言ったときは

親戚ももう「あそこの子あかんでぇ」って絶対言っとったで

絶対言ってました

俺もそんなん言われとったけど。それがだんだんこう、ね、紅白なんかもう、わっかりやすいやろ

そうですねー。やっぱり、一番、その、因島の人たちが喜んだのは紅白でしょうね。一番初め

俺36年やってて、一番喜んでくれたんは、俺大概のことやってきたよ?いや、別に偉そうに言うわけやないけど…。紅白やで

あーやっぱり

「えー?紅白ー?」そりゃ僕は嬉しいよ、紅白。でも1日の司会でしょ。それがまわりは紅白のことを言うわけよ

そうかもしれませんね。紅白って強烈な説得力があるんでしょうね。やっぱり紅白…もう毎年その、紅白出るっていうのが決まったりしたら、やっぱり、その、親父は喜んで「紅白出るんか」って言ってくれるし、うちはいっつも実家がお店やってんですけど、そこに横断幕が出るんですね。『紅白出場おめでとう』みたいな

なんか…いうと雑貨屋さんとかそういうのやってるの?

写真屋をやってるんですけど

それやったらピッタリやんかぁ。

はい、そうなんです『紅白出場おめでとう』って毎年横断幕が。はい

へえー。ほな今度紅白で写真撮りまくったらええやんか。楽屋行って(笑)

親父が?(笑)

親父が(笑) うち、お袋が、あの、楽屋で北島三郎さんとかそんなんとバーって撮った写真を、あの、僕はそんなん言わなかったんよ?中居が、みんなやってくれたんよ。撮りましょうよー!言うて。ほで、みんなも優しうしてくれて

ほんとにでも、ですよね。それぐらい紅白ってみなさんにとっては貴重なものですもんね

えらいもんやであれ。そばで北島三郎がおんねんで

確かに

五木ひろしがおるねんで。 でも五木ひろしさん震えてたからね。ラストのトリを歌うときに

まあ、あんだけキャリアのある方でもやっぱり大トリやるっていうのはそうなんですね

うん

〜CM〜

 2008/02/10『日曜日のそれ』#3
2008年02月12日 (火) | 編集 |
ちょっと下ネタも混じりつつ、3回目の更新です。
青:鶴瓶さん
赤:昭仁さん
でもようあの島から出てきたなぁ

行かれたことありますか?

僕は因島で、『鶴瓶の1/10女子マラソン』いうのやってたのよ。で、それはまあ大阪だけの番組やんねんけど、因島ずーっと走ったんよ。あの、東ちづるが僕の後輩やったから、あの、松竹芸能の。だからアイツの島でしょ、あの島から、ポルノと、それからあれでしょ?東でしょ?他に誰かいてんの?

他に…?

今やったらそうやわなぁ、あの島からやで、お嫁にしたい女、なんかNo.1やったんやろ?

東さんそうですね。不思議ですよね。なんか、その、因島にいるときは、

因島やから、東ちづるの親も知ってんのちゃうの?知らないの?

うちの親とかは知ってるでしょうね多分。“あそこの東さんとこの”みたいなことだと思うんですけど。だから、まあ、今から考えたら不思議です。僕らは、因島の人って意外と、エリート意識というか。田舎と思ってないんですよ。因島のことを。“うちら結構イケてるぞ”みたいな。まあ今尾道になりましたけど、因島市、その、一島一市っていうのは因島だけだっていう。で、造船で、昔栄えたから。それで色んな都会の人が集まってきて一時期はすっごい盛り上がってたので、因島

それで金がバ〜ッとねぇ

ああそうなんです

で、僕らは因島いうたらもう全然知らんやろうけど『悪名』っていうね

はぁ

いっぺん見てみ?『悪名』て言うて、勝新太郎さんと田宮二郎さんっていう、もう僕が大好きな役者さんがおるんですけど。因島の親分が出てくんで

ほぉ

で、浪花千栄子って言うて僕が大好きな人がそこの女親分。この方が、勝新太郎さんっていうね、方知ってるでしょ?勝新太郎さんが正義のヤクザ役で。で、誰かのために、まあ助けに行くっていう感じやねんけど、だからもうそれの印象がすごいあんのよ。これ面白いで、この映画

因島にそんな…。じゃあロケにも来てたんですか?

来てたよ。だからフェリーでずーっと因島まで向かいよるの。2人で

そんなロケを因島でやってたんですね。昔、後藤久美子さんが来たぐらいが島じゅうに、もう知れ渡るぐらいの、それぐらいの誰も来ない、何も来ない島だったんで

ああそう。俺が行ったときは何年前やかな。まあ10…7、8年前。いくつなの?

僕は

20年くらい前か

20年だとまだ因島にいますねぇ

いてる

そうですねぇ。13歳なので。タモリさんも来たことあるとかって言ってましたね

因島わりと行くで。因島やもん。因島いうのは島の中でも、瀬戸内海でも色々島あるけど、因島わりと有名やなぁ

有名ですか?

有名やで。だから自分らが有名にしたのか、まあその…『悪名』でも因島というのは有名やし

そうなんですね。意外と、ねぇ、知ってる方いらっしゃるんで

で、そこにはライブハウスとかそんなんあったわけ?

全然

ないでしょ?音楽やるきっかけなったのは何やったの?

音楽やるきっかけは、その、僕の場合は、その、ギターの晴一に、

晴一いう人は、同級生なの?

同級生です。僕らが同じ高校、高校で一緒になったんですけど、

因島高校?

はい。因島高校です、まさしく。ほんで、そこでバンドやってて。でも因島にはそういう、あんまりね、スタジオとかそういうのないから、バンドをやるっていう文化もそんなないんですけど、ま、何人かやってる中の一人が晴一で

かなり上手かったん?晴一はその頃から

いいえそんなことないですよ。それはもう因島レベルなんで。因島でちょこちょこっとやってるくらいのもんで。で、そのバンドのボーカルが、僕の彼女だったんですよ。当時。で、それでなんかちょこちょこ遊びに行ってたりして、じゃあついでにコーラスやってみればみたいな感じで、まあ晴一もボーカルをとってたりもしたんで、そのコーラスを手伝ったのがきっかけです。「ほんじゃお前、ちょっと歌歌えるけぇ、バンド入れや」みたいな

俺も話聞かそか

はい

俺ねぇ、『あのねのね』っていうね、グループがおるやん。それの真ん中にうちの嫁が歌歌ってたんや

そうなんですか

で、俺は落研で、のぶろうが落研の同期で。それで、清水さんと俺は一緒に住んでたんよ。それで金儲けみたいなんに、ね、わりと清水さん長けてるから、今でもあんねん、長けてるか長けてないかわからん、あんなん。で、ね、それでコンサート出ようやー言うて。出たわけ。僕が踊り

踊りで。踊りで出たんすか

踊りの部門で出てね。で、河島英吾(?)っていうか、『あのねのね』の最初の事務所のレコード会社のおっさんが、まあ、おもろいから言うて、我々を、その、入らないかってことになったんですよ

それは、『あのねのね』のお二人と、奥様と

うちの嫁と

鶴瓶さんも…踊り…

俺はね、そのおっさん嫌いやったんよ。俺そのへんものすごい昔から気が荒かって、で、『バル』の、『バル』っていうその当時ショッピングの上のビアガーデンで「歌ってくれ」って言われたんやけど、芸能界って恐いやんか。なんか恐いイメージがあったやん、なんか「コイツら売り飛ばしよんちゃうか」とかいうね。で、その「酒の前で歌ったり喋ったりするの嫌や」言うて、俺はもうやめたんやね。で、嫁はんもやめよったん。やめとけ言うて、そんなね、お酒飲むサラリーマンの前で歌歌うっていうのやめとけ言うて。で、この2人が残ったわけ。でまあ、あんな歌を、僕があの、小噺とか好きやし。あの、落研やったから。小噺、『つくばねの唄』とか『赤とんぼの唄』ってのがあったやん。あれは捨丸春代さんていう、漫才師のネタなん

あ、そうなんですか

それに曲付けよったの。それでえらい儲けよったんコイツら

『あのねのね』は

でもそんなん知らへんで、この二人は。捨丸春代のネタやいうのを

知らなくて

それをね、変えていったんよね、でも途中までは一緒よね

ふーん

でも、不思議とね、悲しい…悲しいっていうかこれはいいことなんですけど、寄席でやってることには、著作権はないのよ。俺は知らん、後で知ったんやけどね

へぇ!そうなんですか

ほんで僕、その『つくばねの唄』ってのは江戸小噺やし、後で色んなアルバムに入れんのやけど、今でも連れやからこんなこと言えんのやけど、「小噺何かないか」とか言うて、俺んとこ電話かかってきて、言うとかそんなことで、もともとそんなんから芸能界近づいて、ほんで俺は落研やから落語家んなったの。でアイツらがどーん!と出た『オールナイトニッポン』でガーッ!って出て、それで、まあ『ヤング王』で出てバーン!出たやん。俺はそんとき修行中やったんや。でもそれを、『あのねのね』嬉しいのが、まあ、今やから言えるけど、この2人は、「俺らおもろない」と。俺にいつも言うてた「俺らよりもすごいおもろい奴がおる」っていうのをずーっと言うてて、僕は、『噂のチャンネル』にあいつらに紹介されて、『噂のチャンネル』入ったん

そっからですか。へー

友達は持つべきやなと思うてね。あの頃から全国ネットにボーンと出て、それが僕が、言うても20歳ぐらいん時ですから。それで東京12チャンネルの、今のテレビ東京のディレクターと喧嘩して、チンチン出して降ろされた

チンチン出して(笑)

チンチン出して、もう東京出れなくなった(笑)

ケンカしてチンチンを出した(笑)

これね、がきデカみたい。ケンカしたらチンチン出す(笑)

考えた途中で(笑)

もう手段としてはそれしかない。一番困るのはそれやて生放送にはそれだして。だから1回目それですね

伝説を残されてますね

もうなんか腹立って。そんなん別にええわ思たけど、あれ犯罪やねんてなぁ。 昔は緩かったで。完全に犯罪やもん。あれ

 2008/02/10『日曜日のそれ』#2
2008年02月12日 (火) | 編集 |
バイトの時間になってしまったので短いですが起こした分の途中までアップします。
本日更新分の残りは日付が変わる頃にアップします。
でもまだまだ文字に起こしてない分があるんですよね…。
東京育ちなんで、聞き取った通りのつもりでも、あやしい関西弁になっててすいません。
青:鶴瓶さん
赤:昭仁さん
なんかね、不思議だなって思って。鶴瓶さんってこう、僕ら子供の頃から見てるじゃないですか。すごくいい人なオーラもでる。でもなんか、芸人さんのそのあぶなっかしさが。どっかいつもこう、チラチラみえてるっていうのが、やっぱり、すごい、こう惹かれるというか、そうですねやっぱ。大阪のパテパテレビとか見ててもそうでしたし

だから、落語家として既存のものから逸脱したいっていうかね。 特に僕らの、言うたらもう30何年前ってのはもう、漫才師は派手なギンギラギンの衣装着て「どーもよーこそーー!」て言うて、「そうでんなー!」とかいう感じやったんやけど、俺は絶対笑た写真とかなかったから、「変わってんなぁ」思てねぇ。

そうですよねぇ。本当に。 僕らもまあデビューして8年、なんかこの世界に慣れてくるとやっぱり型にハマろうとしてるとこがどっかにあるんで。 ちょっと見習わないけんと思いますね

いえいえでもね、逆に言うとさっき聞いたときに、早く、
大人になってるっていうか、いや、けわしいとこは絶対あると思うんやね、絶対。だから、いや、そんなこと言うてもらて逆に嬉しいねんけども、 でも「ポルノグラ“フィ”ティでした」って言う、あんな歌歌うてた後にね、 あの紅白で、あれを言い切って、オチを言うて降りるっていう感覚っていうのが、あれ本当に難しいよ。考えたら。


そうなんですかねえ

いや、何も意味なくやってるのやろけども、「やりよったな!」っていう感じがするのよ。 「うわ、綺麗や」って。俺が言うたことに対する綺麗っていうね。あ、それ西っていうアナウンサーも言うた。「凄かったですね」て。まあ僕と西だけがうわっと喜んでたんやけど

いや、でもね

あれは何やの、瞬間的に思たわけ?

ま、どっかで完結したいなとは思ってたんで。

あれ完結したわ

一発かまさないといけないなと思ってたんですけど

え〜かましちゃったわあれ。もうその流れを知ってる人は嬉しかったと思うよ。 ファンなんかは絶対嬉しかったで。

あぁ〜。そうですね

「うまいこと言ったなー!」って感じで。 あのズルズルズルズルジリジリ長いこと言い訳しながら終わるんじゃなくて、トーンっと歌でおわった後トーンっと言うてから

ま、僕ら的にはもう、正直ね、鶴瓶さんが悩まれてたんで「“フィティ”のちっちゃい“ィ”が、“ィ”が」って言うてたんで、 僕ら的にはどっちでもいいですよ。というのも含めて、なんかまあ、最後に言ってみよっかなっていう。はい